今回はフリーランスでベトナム語の通訳・翻訳をされている田崎広野さんにお話を伺いました。
田崎さんは神田外語大学アジア言語学科(当時国際言語文化学科)ベトナム語専攻1期生として入学。
ご卒業後、ベトナム国家大学ホーチミン市人文社会科学大学修士課程を修了され、
現在フリーランスの通訳・翻訳者として活動されています。
『しろくまちゃんのほっとけーき』は1972年に出版されたベストセラー絵本です。
子供の頃に読んだことがあるという方も多いのではないでしょうか。
絵本をベトナム語に翻訳することになった経緯を教えてください
子供の頃に読んだ『しろくまちゃんのほっとけーき』(以下『しろくまちゃん』)がとても好きで
大学生の時から「いつかベトナム語に翻訳できたらいいな」と考えていました。
絵本に出てくるホットケーキがとてもおいしそうだったのを今でも覚えています。
ホーチミン市人文社会科学大学の修士課程を修了してから現地の企業に就職し
しばらく働いてから日本に本帰国し転職、2016年にフリーランスの通訳・翻訳者として仕事を始めました。
「せっかくフリーランスになったのだからやってみたかったことを全部やってみよう」
と考えたときに『しろくまちゃん』の絵本翻訳のことを思い出しました。
当時ベトナムでは日本式の教育を行う幼稚園が設立されるなど、日本の幼児教育が話題になっていました。
特に若い世代で海外の情報に敏感なお父さん、お母さんの日本式のしつけや教育に対する関心が高く、絵本ブームも起こっていました。
そこで『しろくまちゃん』をベトナム語に翻訳し企画書を添えて
ベトナム・日系5社の出版社へベトナム語版の出版を提案しましたが
残念ながらその時は全てお断りされてしまいました。
「かわいさや楽しさといった情操教育的な側面が強く、しつけ的な要素が少ない」
「出版するのであればシリーズものが良い」
というようなことがお断りの理由でした。
その後、ベトナム航空機内誌『HERITAGE』を制作しているMOREプロダクションから
日本の絵本をベトナムに紹介する「MOGU絵本プロジェクト」の校閲のオファーを頂き、
ベトナム人の方が翻訳したベトナム語の内容と原文をチェックすることになりました。
MORE プロダクション http://morevietnam.com/about.html
MOGU 絵本プロジェクト
ベトナム語を通して絵本と少しずつ関わるようになった頃、以前企画書を送った出版社から
「『しろくまちゃん』シリーズをベトナムで出版することになった」
という連絡がありました。
まだ翻訳者が決まっていないということだったので「ぜひやらせて欲しい」と伝え
一度送った仮訳を手直しして再度提出し、遂に『しろくまちゃん』シリーズ全10冊の
翻訳を担当することが決まりました。
長年の夢だった『しろくまちゃん』シリーズのベトナム語翻訳ですが、
様々なご苦労があったのではないでしょうか
ベトナム語翻訳に関することと,日本にいながらベトナムの出版社の方々と
出版作業を進めていくことという2つの点で苦労しました。
オノマトペと幼児言葉の翻訳が難しく、日本語のオノマトペと
ニュアンスが近いと思われるベトナム語一つ一つを当てはめていく作業を繰り返しました。
また私が大学で学んだベトナム語は大人の言葉なので、
幼児言葉についてベトナムの子供達がどのような表現を使うのか
ベトナム人の方に確認しながら翻訳を進めていきました。
翻訳をするときには作者の意図をなるべく忠実に訳すことだけではなく、
原作のもつユーモラスな表現や音読した時のリズムや語呂の良さを大切しています。
今回初めて絵本の翻訳を担当することになり、出版社の方々と
仕事を進めていくこと自体も初めての経験でした。
ベトナム側の担当者が変更になった際、新しい担当者に全く引継ぎがされていないなど
海外の企業と外注請負で仕事を進める大変さを実感しました。
自分が翻訳を行ってから編集作業があったのですが、
翻訳の最終チェックをさせてもらえないまま出版の運びとなりました。
ベトナム語版『しろくまちゃん』シリーズを手に取った時の感想はいかがでしたか
翻訳料と絵本の値段を合わせても日本への送料の方が高いという理由で出版社から
完成した絵本を送っていただくことが難しいとのことで、
ホーチミンを訪れた際本屋さんを駆けずり回ってやっと手に入れました。
絵本の翻訳を見ると自分が翻訳した言葉と違う表現に変更されている箇所があり
「こういう表現になったのか」と納得した部分もあった一方で、
修正された訳出が日本語から乖離していて「校正段階で話し合いができていれば」
と悔しさも感じました。
既に原作が存在する絵本に対して編集の方達がこだわるのはどのような点だったのでしょうか
「絵本を読んでみてもその情景が思い浮かばない」とか
「言い回しがすっと入ってこない」と言われることがありました。
日本では当たり前の光景でも国が変われば当たり前ではないということなのだと思います。
ベトナムでは特に絵本に対しては教育的役割が期待されていることもあり、
市場に出回っている作品によっては原作よりも丁寧な表現や
お行儀のよい言葉に置き換えられていたり、大幅に意訳されていることも。
その言い回しに違和感を覚えることもありますが、絵本翻訳における意訳の許容範囲について
MOREプロダクションの日本人代表の勝恵美さんに相談した際、勝さんがおっしゃっていた
読者であるベトナムの方たちがどう思うかが一番大事
という言葉を思い出します。
今後はベトナム語を通してどのように絵本とかかわっていきたいですか
今ベトナムでは絵本市場が拡大しています。
絵本作家さんも画を担当する若手のイラストレーターも増えています。
今度はベトナムの絵本が日本の読者に紹介される機会が広がっていったらよいなと思います。
言葉選びが形に残る絵本翻訳の仕事を大切に、作品と真摯に向かい合いたいと思います。
田崎さん 貴重なお話ありがとうございました。
プロフィール
田崎広野/TAZAKI Hirono
1983年生まれ
カナダ・ケベック州で生まれ、オンタリオ州、島根県松江市、石川県金沢市で育つ
神田外語大学 国際言語文化学科 ベトナム語専攻 卒業
ホーチミン市人文社会科学大学 大学院 社会学部 修士課程 修了
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欧米と縁深い家庭で育つが、これからは東南アジアが注目される!
と父親の勧めで大学でベトナム語を専攻する。
ベトナム留学時代よりフリーランスで通訳翻訳を始め、その後ベトナム情報配信サイト、技能実習生監理団体、語学講師、べトナムIT企業を経てフリーランスに転身。
ベトナムで8年間暮らした経験を活かし、現地事情やベトナム人の感覚、ニュアンスを理解する日本語ネイティブの通訳翻訳者として活動中。